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1999ツールド北海道でのワンシーン。
前日に、最終日の雨を見越して新品タイヤに交換していました。
シーズンで使えるタイヤの数は、決まっています。
この時、タイヤの減り具合は7部山で、もう一日つかえたのですが、パンクのリスクを
考えると、7部山のタイヤは落としてもいいレース用にして、ニュータイヤに変えたのです。
翌日の天気予報は、晴天。新品タイヤは、一皮向けないとグリップが出ません。
明日のステージのスタートは、前半10キロがパレード。
10キロ走れば、タイヤは頃合。
とにかくこのチームのバイクのコンディションは、ズタボロでした。
選手は、シーズン当初にチームからオールカンパでバイクを渡されているのですが、
消耗パーツは、選手負担。
そのため、チェーンやスプロケットを安価なシマノを使用していました。
最終日まで、日々変わり続けるバイクのコンディションのため、どこのメカニックよりも遅くまで、
作業に追われました。
最後にはチームボスに泣きをいれて、新品純正パーツへの交換の承諾を貰って交換しました。
レース後半、この選手がカナダの選手と二人で集団からエスケープした時。
レギュレーションで、チームカーは自チームの選手が、集団から1分30秒以上離れると、
キャラバン(チームカーの隊列)から抜け出して、前にあがって行けるのですが、
その時、飛ばない無線でメイン集団のチームボスである三浦恭資氏から、指示を貰いそれをエスケープ
している選手に伝える。また、エスケープしている選手からメイン集団を抑えている
チームボスの三浦恭資氏へ状況を伝える。
その情報を元に三浦恭資氏は、アシストも使い集団のコントロールをする。
無線があればこそ、可能な戦術です。
もうその時は、チームカーのハンドルを握るスポンサーの社長と、アドレナリン出まくりで、
興奮してました。
エスケープは、30キロ近くだったと記憶しています。
最後には、集団とのタイム差は、20秒を切っていました。
チームカーは、ゴール直前にコースから、退避路に入らなければならないので、結果がわかるまで
の間は、ヤキモキしていました。
このステージ優勝がわかった時、他チームの先輩メカニックから
「橋本よかったなー!嬉しいやろ!」と言われましたが、私の返答は「いや、あまり・・・」と答えて
「変なヤツ」と呼ばれました。
それは、優勝したのは、あくまで選手の力であって、私はメカニシャンとしてあたりまえの事を
しただけだからです。
私はメカニシャンとは、パンクも含め、トラブルフリーでこなすのが、あたりまえと考えています。
チームマネージャーもやっていた私は、表彰式をデジカメに撮ってスポンサーに報告しなければ、
いけなかったのですが、チーム関係者が皆舞い上がってしまい、自分以外全員が表彰式を
観にいってしまいました。残されたのは、一台¥50万のバイク6台と一本¥10万以上する、
カーボンコンポジットホイール。
デジカメだけスタッフに渡して私は、荷物番をしながら、スポンサーへ携帯電話で優勝の報告を
しつつ、翌日のステージの事を考えていました。
やっぱり、私は変なやつなんでしょうか。